■
@台所
作業場にはさまざまな首をした調味料が並ぶ。なかでも、間抜けな猫の姿を模した形の大きな瓶が異彩を放っている。
魔法使いの女、魔術書の呪文「ふにゃんぱ」を唱え、鍋のなかのものを変化させようとしている。しかし、鍋はうんともすんとも言わない。
魔法使いの女、ため息をつく。もう一度試みようとして、途中でやめ、コップの水を飲む。未練がましく鍋を見ている。
ふと、猫の瓶が目に入る。開けると、線香花火のような火花がちぱちぱ燃える。魔法使いはおもむろに、そこに魔術書の1ページを破って入れる。火花は炎に。魔法使いは、即座に薪に火を移す。うれしそうな魔法使い。
まわりにあった金属棒を組み合わせ、台を作り、鍋を炎の上に移す。
魔法使い「炎だって熱じゃない! これを数十分維持できればふにゃんぱと同じ効果が出せるかも!!
」
■
@台所
エプロンをつけた男「……うまくいくんですか」
けむくじゃらな生き物「……」
けむくじゃらな生き物は鍋をかき回している。
鍋からは怪しげな煙と香りが漂う。男は鍋を覗き、顔をしかめる。
エプロンをつけた男「あんなにたくさん入れる必要があったんですか? 鶏、牛、魚にセロリ。林檎と舞茸も入れましたよね……それからそれから……塩、マンガン、梢をわたるそよ風、沈む太陽とそれと同じくらいきれいな昇る太陽、光が作る影、足音、囀り、虹。いくらなんでも! 世界を作るわけじゃあるまいし」
けむくじゃらな生き物「……」
エプロンをつけた男「このままではただの混沌です。なにも整理されることなく、なにも生まれることなく、ただごたまぜの、おいしくもない鍋料理ができるだけですよ」
けむくじゃらな生き物、鍋を両手で持つ。
そして、それをエプロンをつけた男にぶちまける。叫びをあげる男。鍋の中身が広がると、台所は野原に。
鳥の囀りが聞こえる。
エプロンをつけた男「なにをしたんです?」
けむくじゃらな生き物「……(満足気な表現)」
エプロンをつけた男「なにを、したんです?」
■
@高台
白い羽の天使(白い燕尾服、白いシャツ)と黒い羽の天使(黒い燕尾服、白いシャツ)が高台の上で対峙している。
白い羽の天使「そんなに翼を黒くして。早くこっちへいらっしゃい。飛び方なら教えてさしあげますから」
黒い羽の天使「それがうまくいかなかったからここまで堕ちてきたんだろうが。あんたが一番よく知っているはずだ」
白い羽の天使「だとしても、私にはあなたを連れ戻す義務があります。さぁ、手を」
黒い羽の天使「……本当にできそこないに対する態度だな。腹が立つ。俺がなにもしないで、ただ空を仰いで涙してるとでも思ったか?」
黒い羽の天使、白い羽の天使に背を向け、高台の先端に向かって歩を進める。
白い羽の天使「待ちなさい、あなたにはまだ空を飛ぶ力なんて……」
黒い羽の天使「羽を持つ者は空を飛ばなきゃいけないって誰が決めた? あんたにも見せてやる。これが俺の翼だ」
黒い羽の天使、高台からきれいなフォームで飛び下りる。
高台の下はプール。
黒い羽の天使は着水すると、ペンギンになって水中を泳いでいく。
■
@ロボット工場
ロボットの工場長「それでは、定期メンテナンス手順に従いまして、これより工場内を案内して参ります」
幽霊「……ロボットには俺が見えるのか」
ロボットの工場長「今回のメンテナンスは167年ぶりとなりますので、チェック項目は以下となります。各アーム使用目的の再確認、稼働ルールの再確認、工場の構成要素の再確認……」
幽霊「……」
歩き出すロボット工場長と幽霊。幽霊、しばし立ち止まり壁についた無数の赤い手形を見つめる。
ロボットの工場長、部屋に入り足を止める。幽霊も従う。
ロボットの工場長「まずはロボット単体の用途最適化からご確認をお願いします。現在の最新機RE-48562型。DT-15236型から派生した後継機です」
幽霊、驚いた顔。
幽霊「……思念を伝える駆体がないんだ。そっちで操作してもらえるか」
ロボットの工場長「かしこまりました」
幽霊「部屋のアバターを被せてくれ、22XX年時点の」
部屋の景色がみるみる子供部屋に変わっていく。
記憶をなぞるように辺りを歩いて確かめる幽霊。幽霊、壁にはられた無数の写真を眺める。
幽霊「まさか、あれが俺の愛用機種の後継だったとはね。ずいぶん見た目が変わっていてわからなかった。まぁ、百年以上最適化を繰り返してたらそうなるか。でも、お前たちの最大の欠陥はこれだよ。記憶をいくら再生産してもなにも思うところがないってことだ」
写真のアップ。どれも幽霊と同じ顔をした人物のありとあらゆるシチュエーションの写真。
ロボットの工場長「すみません、よくわかりません」
幽霊「……だろうな」
■
@アリーナ級の屋外ライブ会場
にぎやかな曲の前奏。
歌手が客席に手を振りながら舞台中央へ入場。
歌手がマイクを手にすると、カメラが水平に180°回転し、歌手の背後を映す。
そこから、上方へとカメラ移動。空には煮え立った琥珀のような色をした月と、のたうちまわるリュウグウノツカイ。
カメラ、歌手の背後に戻る。
歌手「(歌おうとする)……! ……。……!! ……!!」
再びカメラ、上空に。
リュウグウノツカイが月を食べていく。
かかっていた音楽の調律が狂っていく。無数の足音。
スタッフ「誠に申し訳ありません。本日の公演はシンガーの体調不良により中止とさせていただきます。繰り返します。本日の公演は……」
不穏な音楽がけたたましく鳴り、カットオフ。
@白くて殺風景な医務室
ベッドに横たわる歌手。呆然と天井を見上げている。
が、忌々しそうに横を向き、ベッドから飛び下りる。
歌手は部屋を出る。
@暗い廊下
歌手が暗い廊下を歩く。その先に小さな光が漏れる部屋があり、歌手はそこに入る。給湯室だ。
歌手は水を飲む。喉に手を当てる。
物思いに沈む歌手の背後の天井の蓋が開き、けむくじゃらの犬のような生き物が逆さ吊りのままゆっくり降りてくる。耳は長く、地面へと垂れ下がり、ウサギの耳のようだ。
■
@学校の教室
教師M「……そこで、32ページの3行目を見る。風景の描写があるな。これなんだっけ? 心象風景っていうんだったな! ここに主人公の心情が綴られている」
主人公モノローグ『M上の授業は給食の最後まで残ったコールスローみたいだ』
教師M「黒い雲が急速に流れているってことは、天気が悪くなってるってことだな、うん。雨も降るかもしれない」
教室の背景が徐々に青紫色に翳っていく。
主人公モノローグ『規格化されたマヨネーズの味しかしない。それも水を吸って酸っぱくなったやつ』
教室の生徒のうち、主人公のみ頭ががくりと机の上に落ちる。
教師M「雨が降るということは、鯨の船が6号線の栄町南から出航するということだ。当然、主人公の心境は中町の鵜飼にトルマリンの粉でできたゼリーを食べさせたいってことだな」
主人公「…………」
主人公モノローグ『今日はやけにおもしろいことを言うじゃないか。私はカチカチカチとシャーペンで返事する』
カチカチカチというSE。しかし、主人公は机に突っ伏したまま。
主人公モノローグ『私は地図に大きく丸をする。地図が私を呼んでいる。そこで起きることを、調べなければ』
主人公、一瞬だけ光を放ち、教室から消える。
「アバラスド旅行記」のプロットの変遷を振り返る
「アバラスド旅行記」は私が小説家をめざす普通の女の子でいた最後期の作品。たしか、初稿を書き上げたのは24才ぐらいの頃だったと思う。
それから10年以上の時を経て、プロットは右に左に変遷してきた。その経緯とともに、いまはどこをめざす作品になっているのかまとめておこうと思う。
初稿時の「アバラスド旅行記」は、束縛の強い毒親から逃れ、自由に旅するなかで、未知のものに出会い、自分の世界を広げていく……というものだった。主人公が女性、親が毒親、旅する世界で見るものが普段見ているはずのものなのにちょっと異世界のものに見える……という点以外はいたって普通の旅物語だった。
「逃げる気かい?」
「違うわ、追いかけるの」
初稿にはこんな台詞が出てくるところがある。
主人公は「追いかける」とはいうものの、孤独を好み、人との深い人間関係からは「逃げて」いるように見えた。もしも、旅に「仲間」ができたら? 束縛でない、本当の愛情に触れることができたら? 主人公は旅をやめるのだろうか? そんな疑問から「アバラスド旅行記」を三部構成に書きかえる構想が生まれた。
ちなみに、このときの結論はたしか「仲間といったん恋人になるも別れ、また一人で旅することを選択する」だった気がする。
旅仲間から受ける愛は突然届けられた差出人不明の熱烈なラブレターというかたちで表現され、これは現在書いている版の青翅舎の設定に引き継がれている。年齢=彼氏いない歴だった(……正確にいうとそうでない2週間ぐらいの期間があるが、黒歴史なのでなきものにする)当時の私の想像力の限界を感じる。
そして「アバラスド旅行記拾遺」の梔子鈴也にあたる、主人公の相手役をつとめる男性はノリがよくて明るい人物に設定された。この頃は、ただそれだけの人だった。
三部構成版「アバラスド旅行記」の設定が固まりきる前に、価値観が一変する出来事が起き、思考は歪んだ。
この物語もその「歪み」の影響を受けることになる。
と、同時に物語を思いつきで組み立てることを脱却し、論理的にプロットを組むことを覚え始めた。そして、物語にはめざす場所がないとうまく回らないことを痛感し、なにがおもしろいのかわからないままプロットをごねくり回す日々が続いた。
その結果、物語はこんなふうに変わった。
廃屋に潜り込んだ少女はそこで分厚い手書きの旅行記を見つける。
現実とも虚構とも思える不思議な見聞録だった。
旅をしているのは20代ぐらいの女性のようだ。母親から強い束縛を受け、旅に出る決意をしている。
女性は旅の途中で母親に遭遇し「いつ帰ってきてもいい」と家の鍵を渡されそうになる。しかし、女性はそれを拒否する。
そして、やがて女性は男性の旅人と行動をともにするようになる。なぜか理由はわからないが、男性はこの女性のことが好きらしい。男性に心を開いた女性の旅人は二人でいる幸せを知ると同時に不自由さも感じるようになる。
ある日、男性は旅を辞めて、二人で暮らそうと女性に持ちかける。君を守るためにはそれが一番なんだ。しかし、女性は男性の申し出に恐怖を感じる。男性とのやり取りのなかで、女性は本当の愛があれば二人で暮らすことは束縛ではなく、恐れる必要のないことを知る。
しかし、そのとき、過去に受け取るのを拒否したはずの家の鍵がぼろぼろになって道端に落ちているのを見てしまう。もしも、愛さえあれば家庭を築いても束縛など生まれないというのなら、まず真っ先に向き合うべきは家でひとり私の帰りを待つ母親ではないか。
女性は男性と別れ、ひとり家に向かう。しかし、家に母親の姿はなく、ぼろぼろの空き家があるだけだった。
旅行記はここで途切れる。
廃屋で旅行記を読んでいた少女は背後に気配を感じて振り返る。すると、そこに年老いた老婆がいた。おそらく、旅行記を書いた主だろう。老婆は母親の帰りをここでずっと待っていたようだ。少女が話しかけようとすると、老婆は消えていく。
梔子鈴也の名前は、普段軽口を叩いていてうるさいぐらいなのに、最後の別れのシーンでなにも言う権利が与えられないキャラクターであるためこうつけられた。
この段階で、疑問がいくつかわいてきた。
なぜ梔子は主人公に恋心を抱いていたのか?
なぜ梔子は主人公を守ることに固執していたのか?
そもそも梔子はどんな人間なのか?
話の大筋はできても、主人公と梔子のやりとりがめっぽう思い描けず、設定を固めるために梔子の少年時代を描く「アバラスド旅行記拾遺」を書き始めた。
そのなかで梔子は、逆算的に、守りたい人(特に女性)を守れなかった人、帰りたくても帰る場所のなかった人、などの設定が生まれた。
また、一人で無鉄砲に村を飛び出していることから、梔子は周りの空気を読まない人だろうと推測した。そこで、自分の周りにいたそういう人の特徴をいくつか組み込んだ。そのなかには小学生時代の私も含まれている。梔子の勝ちへのこだわりは私がモデルだ。
梔子の設定が固まってくると同時に、はたして今の「アバラスド旅行記」の結末で、誰が満足するのか、疑問に思い始めた。あまりに希望がなさすぎる。親と主人公は無理でも、せめて梔子と主人公が再会しないと二人の人生を全否定することにならないか。
そこで、廃屋にいた少女は実は主人公の本心であり、廃屋で失意のまま何十年も無為に過ごしていた主人公を立ち上がらせるために現れた、という設定が生まれた。
一応、梔子と主人公は再会できるが、二人とも既にかなり年老いている。
こうしてできたのが今の「アバラスド旅行記」のプロットである。
この物語でもっとも貧乏くじを引かされているのは、言うまでもなく梔子だ。主人公の気持ちもわからないことはないが、それを実現させるために梔子の失うものが多すぎる。そもそも、拾遺の段階であんなにつらい思いばっかりしてるのに、これ以上苦しませる必要なんてあるんだろうか? ……少なくとも、今の私はそう思う。もう少し、いい展開はないだろうか。
幸い、物語がうまく回ってない、と感じたときの修正方法はいろいろある。シチュエーションを変えたり、順序を変えたり、シーンを追加したり。
今回は「一人足す」がいいような気がした。そういえば、主人公と梔子が行動を共にするきっかけとして、存在しない村まで猫を送り届けることを頼まれる、というエピソードを考えたことがあった。あれがもしも人だったら……。
例えば、こんな感じ。
二人は、貰い先を見つけてほしい、と一人の少女を託される。家族を失った喪服姿の赤髪の少女だ。それで、二人はしぶしぶ行動をともにするようになるが、どうやらその女の子は二人以外には見えていないらしい。
女の子の姿が見える貰い先がみつかると、二人はそれぞれの旅路に戻っていく。
そんなストーリーでも主人公が人と旅する過程で得なければならないことはみつかるはずだし、得たかった自由も得られるはずだ。
このほうが、なんだかおもしろくなりそうだし、ちゃんとしたハッピーエンドを書ける気がするんだ。