フェンスに揺れるスカート

深森花苑のブログです。

「読書会 ~ファンタジー小説編 もしも『第26回 日本ファンタジーノベル大賞』が(2014年に既存作品から選ぶ形式で)開催されたら~」レポート(前編)

「…これをファンタジーと言っていいの?」と疑いたくなるような、ひとひねり効いたファンタジー作品を世に多く送り出してきた「日本ファンタジーノベル大賞」。25年間続いてきた同賞は惜しくも2013年に第25回をもって休止となってしまいました。

(2016年6月22日追記:2017年6月より公募が再開されることになりました!)

 しかし「休止」というのは微妙な状況です。「打ち切り」では決してありません。休んでいるだけなら、周りで少し大騒ぎすれば眠りから目覚めてくれそうです。そんなわけで「大騒ぎ」とまではいきませんでしたが、ちょっと小騒ぎするイベントを企画しました。

「もしも今年も日本ファンタジーノベル大賞が開催されていたら、受賞していたのはどの作品か?」

…というテーマでおすすめのファンタジー作品を持ち寄る読書会を開いてみたのです。

 当日は『ショート・ストーリーズ』(刊行時に『世界の果ての庭』に改題)で第14回ファンタジーノベル大賞を受賞された西崎憲さんもゲスト参加。果たして「幻の第26回受賞作」はいったいどの作品に!?

 

読書会の前にせっかくなので…『ショート・ストーリーズ 世界の果ての庭』の話

 

  読書会の前に、せっかくなので西崎憲さんに『世界の果ての庭 ショート・ストーリーズ 』の一部をギターで弾き語りしていただきました。音楽活動もされている西崎憲さんならではのパフォーマンスです。読んで頂いたのは「23 垂直方向への旅」、そして物語も終盤近い「52 歌う鳥」。

「23 垂直方向への旅」では捕虜になった戦時中の男が目覚めたところにあった「駅」の様子が描かれます。当時の駅とも現在の駅とも異なるその様相は、いったい何を象徴しているのだろう?と想像が膨らむ部分です。一方「52 歌う鳥」はその捕虜の男がついに死に心を奪われる箇所。その時に現れたまばゆい光を放つ鳥の姿が描かれます。

 西崎さんの読み方は、小説がそのまま歌詞になったかのような音楽的な読み方。役者が感情を込めて読むのとは明らかに違います。しかし、たとえばラップのように、100%音楽としてリズムの中に言葉を押しこんでしまうのでもない。小説家そして作曲家という肩書を持つ西崎さんだからこそできるパフォーマンスでした。

 

『世界の果ての庭 ショート・ストーリーズ 』といえば、読後感がとても不思議な小説。いくつもの評論や小説が作中に登場し、互いに関連しているような、関連していないような繋がりを見せています。お話同士は繋がっているのでしょうか、それとも、やっぱり繋がってはいないのでしょうか。西崎さんにお話を伺ってみると、この小説は「5、6冊の本を同時に読み進めたらどうなるか」を表現しようとしたのが発端だったそうです

西崎さん「3分の1は小説の中に、残りの3分の1は評論の中に、といったように分散した精神状態で読書することがあるでしょう? その状態は悪くないな、と思ったんです。一方、どんなに話が分かれていても、それを読んでる人間は1人。つまり、読者が複数の物語を1つに繋いでいるのです。加えて、この話ではそれぞれの話に必ず『影』と呼ばれる存在が現れます。その存在を通じても、物語同士は1つに繋がっている。もしかしたら、影を登場させる必要はなかったのかもしれないけれど。

 完成度の高い話ほど、物語の終盤で点に収斂していきますよね。問題が解決して終わっていく、でもそれはそれで変な気もするんだよね。だから、物語の始まりも終わりもない、境目をなくした小説を書いてみたの。野心的な作品だったんだよね」

そして、参加者によるおすすめのファンタジー作品発表!!

 まずは言いだしっぺ深森から。日常系ファンタジーが好きな私は、こちらの本を推薦しました。

注文の多い注文書 (単行本)

注文の多い注文書 (単行本)

 

 深森 「当初、アニメ化が前提だった日本ファンタジーノベル大賞。実際にはアニメ化しづらい作品が集まる賞でした。しかし、アニメ化だけがメディアミックスの手法ではないはず。ファンタジーを『物化』する手法の人気ぶりは昨年の世田谷文学館で行われたクラフトエヴィング商會の展示の盛況ぶりを見ても明らか。こういうファンタジーをもっと世の中に推していってもいいのでは? 同書では、小川洋子さんからの注文書とそれに対するクラフトエヴィング商會からの納品書のやりとりでお話が繰り広げられます。書簡というスタイルのユニークさも際立ってます」

 

お次は、「月に吠える」にもよくいらっしゃているという如月悠帆さん。ゴシックカルチャーに深い関わりを持っていらっしゃいます。そんな如月さんの語る1冊目はこちら。

 

  如月さん「『ゴシック小説からゴシック文化が派生した』という位置付けではなく『数多あるゴシック文化の表彰の一つとして文学を位置づけ、その中から相応しい作品を選んだ』というアプローチのアンソロジー。主に近現代のゴシック作家で編まれており、渋澤龍彦山尾悠子といった王道幻想文学の作家から京極夏彦歌人の葛原妙子まで、とてもレンジが広く、外さないチョイス。『自分も知らないうちにゴスの要素を持っていたんじゃないか?』と思わされます」

如月さんにとっての日本ファンタジーノベル大賞は「アナーキーなエンターテイメント小説の賞」。SFだろうがホラーだろうが関係ない! そんな同賞の幻の受賞作に、と推したい本がこちら。

 

黒十字サナトリウム

黒十字サナトリウム

 

  如月さん「吸血鬼になってしまった双子が、吸血鬼にしてしまった人間たちをおんぼろのサナトリウムに集めて住むというお話。設定はこてこてな感じがしますが、このサナトリウムの場所がチェルノブイリのすぐそば、というのがおもしろいところ。吸血鬼といえば、老いずに生き続ける存在。我々が見ることのできない原発の石棺の行く末を彼女たちが見守り続けているのです

現在は絶版になってしまっているこちらの本、プレミア価格がついておりますが、電子書籍で楽しむことができるそうです。

 

続いて、普段俳句を詠んでいるKさん。推薦作はなし、とのことで最近読んだファンタジーのお話に。メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」を青空文庫で読んだそうです。

Kさん「今読んでも新しい部分が充分にある作品。20歳という若年でこの作品を書いた、ということにも驚かされます」

そして、さまざまな読書会などに姿を現しているHさん。こちらも推薦作はなしとのことですが、最近読んだファンタジー作品「An Atlas of Fantasy」は地図好きにはたまらない作品のよう。

Hさん「ホームズ、ラヴクラフトなど架空の世界の地図をまとめた本です。翻訳が出ていないうえに、1970年台の本であるためそれ以後の作品が掲載されていない、というのが痛いところ。誰かが改訂のうえ翻訳してくれたら……」

 

そして、話題はHさんの現在読んでいる小説の話に。

 

汝はTなり: トルストイ異聞

汝はTなり: トルストイ異聞

 

  Hさん「『T』というのがトルストイのことです。トルストイドストエフスキーが格闘するシーン(比喩的な意味でない)があったりする、ちょっとメタっぽい小説です」

 

最後は、本の紹介サイトを運営しているM.Kさん。推薦作はこちら。

徘徊タクシー

徘徊タクシー

 

  M.Kさん「妄想と現実がはっきりしない小説なんですね。小説の主人公も『恭平』、小説の舞台も坂口恭平が住む『熊本』。おそらく自分自身を投影した小説なのだと思います。

 認知症の患者が徘徊する、実際にはない妄想の中の場所。それが『本当にある』と考えた主人公は、認知症患者が訴えるその場所を探し、連れて行く『徘徊タクシー』という仕事を思いつきます。読んでいると、思考がバラバラになり、いろいろな事が繋ぎ直され、現実と妄想の区別がつかなくなってくるんですよね。坂口さん自身『日常がフィクションに見える』ということをおっしゃっています。過ぎ去ったことが粒になって残り、時々フラッシュバックして戻ってくる、と。それを繋いでできたのがこの小説なのだと思います」

 

ここまでが、当日出た推薦作。実は、会場には来れなかったM.Sさんからも推薦作を頂いていたので、こちらのレポートで紹介したいと思います。

 

島津戦記

島津戦記

 

  M.Sさん「ご本人は史実として書いていらっしゃると思うので、ファンタジーとするのは失礼なのかも。でも、すごくファンノベ向きの作品だと思います」

 

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

 

   M.Sさん「村上春樹風でありつつ、経済やITの知見がふんだんに盛り込まれていて面白いです」

たしかに、日本ファンタジーノベル大賞ファンが好きになりそうな設定。こちらも必読ですよ!!

 

さあ、幻の第26回日本ファンタジーノベル大賞はどの作品に!?

結果は後編をお待ちくださいませ。

また、後編では当日話題に挙がった「ファンタジー論」のトピックも紹介します。お楽しみに!