フェンスに揺れるスカート

深森花苑のブログです。幻想小説を書いています。

持続可能な郷土芸能をめざして~王子田楽ドキュメンタリー~

本題に入る前に、私の立ち位置を明確にしておこうと思います。

私が民俗学に興味を持ち始めたのはちょうど5年半ぐらい前。東日本大震災よりは前だったと思います。地方で消えかけている伝統文化におもしろいものが多いことに気づき、もっと多くの人にこれを知ってもらおうと活動を始めました。以来、いくつかのご縁でご当地系の記事も書くようになりました。土用丑の日みたいな歳時記系の記事も書きました。

民俗学の勉強は独学です。この記事についても認識不足の点があれば遠慮なくご指摘ください。

 

中世の踊りが現代によみがえる

さて、本題。

今回、十条にある「シネカフェ・ソト」で王子田楽のドキュメンタリーを上映すると聞いて見に行きました。しかも、上映後には王子田楽を指導されている高木さんのトークショーもあるというのです。

私の民俗学の勉強は読書が中心のため、どうしてもフィールドワーク的な部分が弱いです。今回の上映は郷土芸能を担っている方から直接話を聞ける貴重な機会とあって喜んで足を運びました。

 

ドキュメンタリーの撮影は今からちょうど2年前に行ったそうです。それから編集に結構時間がかかり、初お披露目が今になったのだとか。ナレーターの声も監督ご本人のものっぽかったです。仕事の合間をぬってライフワークとしてやっていたのかな……。

監督は王子が地元というわけではないけれど王子田楽のことを知って「映像に残したい」と思って今回の撮影に挑んだそうです。すごい熱意です。内容も王子田楽がどんなもので、どんな人たちがこの郷土芸能を支えているのかがとてもよくわかるものでした。

以下はドキュメンタリーで知った王子田楽の情報です。

 

王子田楽は王子神社に伝承されている民俗芸能。発祥は中世の頃と言われています。田楽、といえば普通は豊作を願うための踊りですが、王子田楽は魔除けの意味合いが強いため赤い短冊状のものを垂れ下げた花笠をかぶって舞います。五行思想の影響も受けている、とかで、日本の伝統芸能にある系統の色使いとはちょっと違う、極彩色の衣装です。

 

王子田楽は戦争を境に一度なくなっていますが、その後、王子田楽衆代表の高木さんが中心となって再興を果たし、昭和58年に再び演舞されるようになりました。

高木さんが王子田楽の再興を考えたのは町のお年寄りから王子田楽の笛のメロディを聞いたことがきっかけだったそうです。大切な宝物を預けられたような気分で、もしも自分が王子田楽を復活させなければ、この舞は永遠に失われてしまう。そう思い、たった一年で復活まで漕ぎつけたそうです。

一年で復活させた、と聞くと、結構いいかげんに再現したのでは、などと思ってしまいますが決してそんなことはありません。舞について書かれている古い文献を取り寄せ、配達の仕事の合間も笛を吹き……。結果、ほとんど寝る時間はなかったそうです。当時、院生として資料を提供した金沢文庫学芸員の方も「私が渡した資料で参考になったのは衣装ぐらいで、資料を渡したときには舞のほうはほぼ完成していた」とおっしゃていました。

 

現在の王子田楽の練習風景もドキュメンタリーにはおさめられていました。

これが想像以上にハード。YouTubeに上がっていた映像を見て、勝手に大人が舞っているもの、と思っていたのですが実は踊り手は小学生が中心。そうとは思えない優雅な舞が簡単にできあがるはずもなく、時計が20:40を指している場面もありました。

 

郷土芸能の意味って?

高木さんは小学生を相手に根気強く「舞の意味」を伝えようとします。舞を覚えるだけでも大変なのに「土は大事なものなんだからもっと優しく着地しないと」などの神話的な意味づけの指導を受け、小学生は少々メモリオーバー気味。見えますよ。あなたの頭上に大きな「?」マークが。

でも、意味を教えることはとても郷土芸能において大事なことだと私は思いました。

 

そもそも郷土芸能と普通の芸能とではなにが違うのか。

私は「おまじない」としての様式があるかないかだと思います。

 

普通の芸能は舞にしろ演奏にしろ、そのパフォーマンスそのものに意味があります。パフォーマンスから感動を得ることがおもな目的だからです。

しかし、郷土芸能は違います。パフォーマンスがうまくできるかどうかではなく、定められた形式通りにパフォーマンスできるかどうかが大切となります。

なぜなら、それはかつて「おまじない」として機能していたものだからです。

 

「おまじない」は目に見えない不思議な力を呼び、人々の心を呪術師のほうへと引き寄せるものです。なぜその行為によって不思議な力を呼べるのか、人々が夢中になってしまうのか、メカニズムは不明です。というか、それを探るのは野暮というものです。

「おまじない」はメカニズムがわからないからこそ、きちんと受け継がれた形式通りに行うことが大切になります。だって、もしかしたらその手順を間違えたことによって「おまじない」が効かなくなってしまうかもしれないのですから。それが郷土芸能一番避けたいこと。郷土芸能は不思議な力を呼び、人々にハレのムードをもたらすことこそが目的なのです。

 

まとめると、普通の芸能は説明がなくてもパフォーマンスの理解が可能ですが、郷土芸能は一見理解不能なパフォーマンスに「おまじない」としての意味が隠されている、という言い方もできそうです。だから「おまじない」の意味を知ることは郷土芸能において大切なことなのです。

 

持続可能な郷土芸能のために必要なこと

しかし、こうした「おまじない」は科学の発達により現代ではほとんど意味をなさなくなっています。そのかわり、最近は科学とよく似た「疑似科学」なんてものが新しい「おまじない」として台頭してきているわけです。話を戻します。

効き目のなくなっためんどくさい「おまじない」なんてわざわざやる人そうそういるもんじゃなく、各地で郷土芸能が衰える一因にもなっています。ちょっと前にも「なまはげは来なくていい」と拒否する家が秋田で増えている、というテレビ報道がありました。

上映後のトークショーでも「王子田楽は約30年後に再び担い手がいなくなるだろう」という話に。

こういった現状を高木さんはどうとらえているのでしょうか。この回答が想像以上にラディカルでした。

 

郷土芸能をその土地の人が支える、という時代ではないと思う。こうした郷土芸能は海外の方で日本人以上に興味を持っている方がかなりおられるから、そうした方に参加してもらえばいい」

 

私も実は民俗学をかじり始めてまったく同じことを考えていました。土地の人が受け継ぐのと外部の興味を持った人間が担うのでは意味が変わってしまうだろうけれど、町の伝統が担い手不足で消えていくよりはいいのではないか、と思っていたのです。

だけど、それは私が伝統を持たない部外者だから言える異端な考え方だと思っていたので、まさか今、現実に郷土芸能を支えている人がこうした考え方を持っているとは思いませんでした。

驚きはまだ続きます。

 

「伝統は昔からずっと変わらない、というのは幻想です。もしも、今のかたちで参加したいと思う人が少なくなってしまうようであれば、みんなが参加したくなるようなかたちの祭にするということは必要なことだと思います。そこは、ちゃんと計算してやっているんです」

 

確かに、郷土芸能も人が考えたものである以上、いつかの時代の誰かがクリエイティブ精神を働かせて作り上げたものです。実際、長い歴史をたどるうちに、形がころころ変わっていった伝統行事は少なくありません。流し雛、曲水の宴が始まりと言われている雛祭りもその一例です。

しかし、これも今、まさにその文化を担っている張本人が「郷土芸能は変わっていくもの」と公言されるとは思いませんでした。

王子田楽が復活を果たせたのは、こうした考えを持つ高木さんが陣頭指揮に立っていたからこそなのかもしれません。高木さんの挑戦には「おまじない」の効力が薄れつつある現代において、郷土芸能を持続可能なものにするヒントがたくさん詰まっているように思います。

王子は王子田楽をはじめとする新たな行事の登場によって、町が活性化しつつあるそうです。郷土芸能の復興はこうしたうれしい副作用も起こしています。

 

 【おまけ】きっとあなたも知らないうちに「おまじない」の力に動かされている

しかし、こんな話を聞いてしまったからには妄想せずにはいられません。

かつて古代の神官が「これをやったらすごい儀式だと思ってもらえそうだな」なんて思いながら新しい儀式を考案していた様を。

なにによって人はそれを「効きそう」と思ってしまうのでしょうか。

「おまじない」が本当にすごいのは、なんだかよくわからないのにハレのモードに人の心をスイッチさせられるところにこそある、と私は思います。

 

ところで、もうすぐ土用の丑の日です。これも昔から人々に伝わる伝統行事のように思われていますが、始まりは商売不振の鰻屋に平賀源内が勧めた「本日丑の日」というキャッチコピーだったと言われています。

そもそもは丑の日に「う」の付くものを食べるといい、という言い伝えだったらしく、瓜、梅、馬なんかも当時は食べられていたそうです。また、土用と言ったら七月だけでなくて立春立夏立秋立冬の頃と四つあるはずなんですが、今残っているのは不思議と立秋前後にある土用丑の日で、食べているのも鰻だけです。

 

なんで旬でもない鰻じゃなくちゃいけなかったのか。なんで「本日丑の日」と言わなければ鰻は売れなかったのか。なんで立秋前後の土用丑の日の風習だけが残ったのか。

 

まことしやかに夏バテ防止の昔の人の知恵みたいに伝わっていますが、数ある風習のバリエーションの中からこれが残った本当の「メカニズム」はわからないことだらけだと言ったほうがいいと思います。

 

でも、その「メカニズム」がわかっちゃったらつまらないような気もします。さっきも言った通り、それを探るのは野暮というものです。

今日も私たちは知らないうちに見えない「おまじない」の力に動かされているのでしょう。でも、そのおかげで毎日がいきいきとメリハリのあるものになっているのではないでしょうか。